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辻内 崇伸(2007)【パワプロ2022】

辻内 崇伸

選手名:辻内 崇伸(つじうち たかのぶ)

生年月日:1987年12月5日

辻内崇伸

2007年成績:-勝-敗-H-S 防御率-.--(1軍登板なし)

経歴:大阪桐蔭高等学校(2003-2005)-読売ジャイアンツ (2006-) 

「浪速の四天王*1の一人。ケガに悩む"未完の大器"は巨人のエースになれるか」

選手紹介

・活躍

 高校は大阪桐蔭に入学。3年夏に同級生である平田良介と共に、甲子園に出場。

1大会歴代2位(当時)の65奪三振。大会タイ記録(当時)の1試合19奪三振

そして何より代名詞でもある甲子園ではサウスポー最速の152キロ(スカウトのスピードガンは155キロを計測した)をマークするなどドラフトの目玉として注目を集めていた。その(2005)年のドラフトでは競合の末、読売ジャイアンツに入団。

 1年目となる2006年は、2軍デビュー戦で5回11奪三振の好投で大器の片鱗を見せつけたが、その後はあまり活躍には至らず。変化球のコントロールに苦しみ、持ち味のストレートの球速も10キロ近く落ち込んでしまった(8月31日の試合では151キロを計測していた)。

 2006年オフはハワイウィンターリーグに参加。持ち味だった球速も151キロを計測。

2007年には原監督や斎藤雅樹投手コーチから将来のエース候補として期待されていたが、春キャンプ中の2月9日に離脱。診断の結果は内側側副靭帯の断裂。トミージョン手術を受けることとなった。リハビリのため、2007年は登板0に終わった。

・査定について

--【装備品】--

バット:木→木/黒(2006/4/8)

グローブ:オレンジ→黒(2006/4/8)

リストバンド:-/-→-/-

--【基礎能力】--

球速151キロ→151キロ:(2006/8/31、2006年ハワイリーグ) MAX156キロ(高校時代)

コンGF23:2006年2軍BB/9=6.54(デF23)

スタCD54:2006年甲子園5試合で696球。

変化球:

(スライダー):→フォーク。126キロ。本人曰く高校時代のはスライダーではない。(14/2、プロスピ4/2)

・カーブ1:110~5キロ。高校時代から。あくまでカウント球。(14/1、プロスピ4/1)

・フォーク3:高3から。それまではカーブだけだった(本人談)。(プロスピ4/1)

(チェンジアップ):wikiだと2006年オフからとあるが…。

サークルチェンジ):2011年プエルトリコキャンプ(公式)との記事では握りも披露している。

--【特殊能力】--

打たれ強さD:2006年2軍LOB率62.9%

対ピンチD:データなし

対左D:データなし

ノビC:当時の辻内にロマンを感じたんだ!2006年2軍デビュー戦でも三振を取っている。

クイックD:甲子園でも牽制で刺すこともあり、そこまで悪い印象はない。

回復F:高卒2年目 登板数も抑えてた

ケガしにくさG:ずっとケガに悩んだ。肘の靭帯再建手術で登板なし。ケガに泣く。

奪三振:2006年2軍K/9=7.88。つけるべきではないが、高校時代の実績(甲子園2桁奪三振4度)と2006年は球速が10キロ程度落ちていたらしいのでその影響も考慮した。

荒れ:2006年は暴投5/死球4(投球回53と2/3に対して)

シュート回転:本人は高校時代の時から綺麗な回転で投げたいと語る。

スロースターター):2005年甲子園大会準決勝、対駒大苫小牧戦。辻内5試合目の登板。序盤は140キロを超えないストレートだったが、徐々に調子を上げ9回にはこの日最速149キロ。だがこれは戦略だったらしい。

四球):→荒れ球。

速球中心:ピッチングスタイル。(プロスピ4)

ミート多用:打撃センスもあるのか2006年2軍での打撃成績も良い(プロスピ4)

--【その他】--

大会

試合数

投球回

被安打

奪三振

四死球

失点数

K/9

地方大会

5

28回2/3

17

45

22

6

14.13

投球フォーム:スリークォーター5

2006 辻内ハワイリーグ参加

2006年オフ、ハワイウィンターリーグ。ワインドアップでの投球

2006年 辻内崇伸 イースタンリーグ初登板

2006年4月8日、対日ハム戦。2軍デビュー戦でこの日の最速は149キロ。
高校時代

高校野球 駒大苫小牧-大阪桐蔭 2005年夏甲子園 準決勝 フル

2005年夏、第87回甲子園大会準決勝。対駒大苫小牧戦。9回ながらこの日の最速である149キロを記録。

高校野球 駒大苫小牧-大阪桐蔭 2005年夏甲子園 準決勝 フル

2005年夏、第87回甲子園大会準決勝。対駒大苫小牧戦。プレート位置一塁側を踏んでるようにも見える
変化球:

高校野球 駒大苫小牧-大阪桐蔭 2005年夏甲子園 準決勝 フル

2005年夏、第87回甲子園大会。対駒大苫小牧戦。カーブ。あくまでカウント球。追い込んだらストレートかフォーク。

高校野球 駒大苫小牧-大阪桐蔭 2005年夏甲子園 準決勝 フル

2005年夏、第87回甲子園大会。対駒大苫小牧戦。スライダーに見えるがフォーク

高校野球 駒大苫小牧-大阪桐蔭 2005年夏甲子園 準決勝 フル

2005年夏、第87回甲子園大会。対駒大苫小牧戦。フォーク

高校野球 駒大苫小牧-大阪桐蔭 2005年夏甲子園 準決勝 フル

2005年夏、第87回甲子園大会。対駒大苫小牧戦。フォークのスロー映像。

打撃フォーム:スタンダード9

2006年 辻内崇伸 イースタンリーグ初登板

2006年4月8日、対日ハム戦。2軍デビューで打撃でも結果を出す。

高校野球 駒大苫小牧-大阪桐蔭 2005年夏甲子園 準決勝 フル

2005年夏、第87回甲子園大会準決勝。対駒大苫小牧戦。8番投手。大会2本目のヒットがHR。
守備:

高校野球 駒大苫小牧-大阪桐蔭 2005年夏甲子園 準決勝 フル

2005年夏、第87回甲子園大会。対駒大苫小牧戦。バント処理。

高校野球 駒大苫小牧-大阪桐蔭 2005年夏甲子園 準決勝 フル

2005年夏、第87回甲子園大会。対駒大苫小牧戦。牽制で刺す。

・コメント

パワター:デフォ

プロスピ4紹介文:

「155キロを超える豪速球は規格外。果てしなく進化を目指す異次元の怪物左腕」

結果だけみるとドラフト1位も満足な活躍ができず戦力外となってしまった辻内選手ですが、当時の巨人ファンとしては大きな期待をしていました。ケガに関してもソフトバンクにいた斉藤和巳もルーキー時代にケガをして乗り越えていたので辻内も戻ってくるだろうと楽観的にいました。結局、1軍登板0という予想しなかった結果は残念でした。

 それとは別に査定について触れたいところがあります。それは辻内選手の球種。

パワプロ収録作品ではスライダーとカーブの2球種でした。当時の高校時代の活躍を思い浮かべても違和感はなかったんですが、改めて高校時代の映像を見返すとスライダーだと思っていた球種はフォークでした。投げているのはフォークだけど、軌道はスライダーのように滑っている(スリークォーターの影響もあるのか?)ということで大変頭を悩ませました。皆さんならどういう査定をするのか教えてください。それでは。

 

関連選手:

・平田 良介:大阪桐蔭時代の同級生であり、浪速四天王”の一人。

・中田 翔:大阪桐蔭の2学年下。2005年夏の甲子園で共に出場。

・岡田 貴弘:浪速四天王”の一人。履正社の4番として府大会で対戦。

・鶴 直人:浪速四天王”の一人。近大附属の150キロを超える剛腕として知られた。

・田中 将大:2005年夏、準決勝で投げ合う。当時駒大苫小牧2年生。

参考資料:

カメハ.<辻内 崇伸 (2006年) 【パワプロ2022 実在】 - カメハのパワプロ2022 -ファイナルシーズン->(参照日2022年9月19日)

Full-Count.<「あの場所は人を育ててくれる」 辻内崇伸が振り返る甲子園"奇跡の夏" | Full-Count - (2)>(参照日2022年9月19日)

tsmtknk2222.<2006年 辻内崇伸 イースタンリーグ初登板 - YouTube>(参照日2022年9月19日)

Drs123.<2006 辻内ハワイリーグ参加 - YouTube>(参照日2022年9月19日)

3dhl14.<読売巨人軍 辻内崇伸 - YouTube>(参照日2022年9月19日)

スポニチ.<小野&辻内 メジャー仕込みチェンジアップで勝負― スポニチ Sponichi Annex 野球>(参照日2023年9月18日)

読売ジャイアンツ公式サイト.<プエルトリコから帰国の4投手が契約更改 | 読売ジャイアンツ(巨人軍)公式サイト>(参照日2023年10月13日)